野見山暁治

母の死 この秋にお父さんが死んでくれるといい、母はこの一、二年そんなことをしばしば口にするようになった。そうしたらね、あたしはこの冬、安心して死ねる。 母は死にたがっていた。親しい人たちが少しずつ消えてゆくのを、羨ましそうに見つめていた。どうしたら死ねるのか、あの人たちに聞いてみたかった、と葬式から帰ってくるたびに、しみじみと言うのだった。 長生き病の父 長生き病に罹った人にとって、死は、ライオンのように向こうから疾走してきて、がぶりと呑み込んでしまう猛獣ではない。死は、ひそかに人の体内に入り込み、長い歳月を費やして、その人間とすっぽり入れ替わる算段なのだ。 どんなにか父は、それを追い払おうとしてきたことか。。。 長生き病はなおるのか、なおるとどうなるのか。これは病というより、死への変身への葛藤なのだ。